自社の「売り物」「売り先」「売り方」を統合し事業基盤を強化する

中小企業の市場調査実施上のポイント

 

@ 自社の使命との一貫性を持つ

 

20年以上前、市場調査会社に務めていた頃の話です。外資系の損保会社にて新しい保険商品を開発し、日本市場への本格参入を図りたいことを目的に市場調査を実施した。幅広く日本で生活する方々の生活状況や抱えている不安などを明らかにして、それを保険でカバーするためのニーズ探索調査です。
調査の手順として、はじめに「国民生活に関する世論調査」「社会意識に関する世論調査」といった公的機関が定期的に実施している調査データを時系列で分析して全般的な状況を把握し、次いで様々な層のグループインタビュー調査を実し、その結果から保険会社担当者と幾つかの新商品アイデアの仮説を立てました。
※「グループインタビュー調査」
 6〜7名くらいの方に集まってもらい、あるテーマをもとに参加者が自由に発言、意見交換をしてもらい、そこから新商品アイデア出しのヒントを発見するという手法で、多くのメーカーで活用されています。

 

仮説として出された商品アイデアは「高齢者向け保険」「三世代一体型保険」「ペット関連保険」等々、数多く出されアンケート調査で受容性を検証しました。そのなかの幾つかは好感触の商品もありましたが、結果的にどれも商品化に至らず参入も中止となりました。最終的にクライアントである保険会社内での合意が得られなかったと聞いています。
ここから言える教訓は、「方向を失った顧客ニーズの追求」にあります。
マーケティングの解説本の至る所に登場する「顧客ニーズの発見」は確かにその通りですが、現実に対象の設定を幅広くし過ぎると(上記例では国民の生活不安)、議論が拡散してしまいます。ニーズのみにとらわれ過ぎてアイデア先行の保険として成立しにくい極めてマーケットの小さいニッチ商品になってしまうこともあります。自社が何を得意としているのか、日本で何をしたいのかが明確でない中で顧客ニーズばかりに目が行き、ある程度の検証が出来てもそこから商品化へつながらなかったということです。調査方法自体は良くても調査を実施する姿勢に問題があると意味がありません。私自身も強い教訓として留めています。

 

 必要なことは、自社の使命感から市場調査に至るまでの一貫性が“儲けを生み出す”市場調査です。使命感にもとづく自社のありたい姿や狙いが明確でないまま市場調査を実施すると、
・「誰に何を調べればいいのか?」→「とりあえずいろいろ調べよう!」(広く浅くで終わる)
・「仮説が整理できない」→「多く挙げて検証すればいい」(検証後の次の行動に移れない)
・「ニーズが発見できた」→「参入しよう!」(現事業や自社資源とマッチングしているか不明)

 

市場調査を行うにあたって常に中心軸に置かねばならないことは、商材開発や顧客開拓においても「自社のあるべき姿や狙いに狂いはないか」(使命感を果たせるか)です。市場調査を実施する前に明確にすることで誰に、何を調査すべきかが導き出されます。

 

 

A精確な調査対象を選んでいるか

 

誰に対して調査を行うのか、相手を間違えると調査結果も変わるため、せっかく市場調査を実施してもムダになってしまうか、最悪の場合ミスリードされて事業に悪影響を及ぼしかねません。
これも市場調査会社に務めていた頃の話です。地方の某スーパーマーケットチェーンでは毎年、店内で購入者に対して顧客満足度調査を行っていました。「顧客満足度調査」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。1980年代に入ったあたりからマーケティングの概念が生産者主導から顧客主導へ意向していくなかで「顧客満足:CS(Customer Satisfaction)」という概念ともに、それを定量的に図ることを目的に多く企業、少し置いて公機関において盛んに実施されています。ここで企業や小売チェーンであれば各店舗の顧客満足の総合的な指標として「総合満足度」が使われています。総合満足度の表し方はいろいろありますが、多くは100点満点で表し、継続的に実施して得点を挙げることが目標となります。

 

話を地方スーパーマーケットに戻します。そのスーパーでは他の調査会社を使って顧客満足度調査をしていましたが「どうも何か問題がある」ということで私のいた会社に声が掛かり、私が伺って話を聞きました。そこでのポイントを抜粋すると以下の通りです。
【スーパー】「定期的に顧客満足度調査を行って、毎回90点前後の高い顧客満足度をいただいています。」「しかし、売上客数ともに減少傾向にあります。これはどうゆうことでしょうか。」
【私】「それは矛盾していますね。それでは実際のアンケート調査票を見せてください。」
「(調査票を見て)なるほど、一般的な質問項目ですが決して悪いとは言えないですね。」
皆さんはどう思われますか。ヒントは最初の方に書かれています。

 

答えは「“店内”で“買物してくれたお客様”」に調査を行っていることにあります。顧客満足度調査を行わなくても、わざわざお店にまで来てくれて、お買い物までしてくれている方(しかも買物をしたばかりで実際に料理したり食べたりしていない状態)に聞いても、高い評価結果しか帰ってきません。一方で、お店に来ない方、他店に流れた方の評価を聞いておらず、自己満足の見せかけの顧客満足度にそれこそ満足して、競合店よりも魅力的な店舗にする手を打てなくなっていました。「誰に聞くか」がズレてしまった典型的な例です。

 

顧客満足を定量的にとらえようとすることは否定しません。要は考え方、やり様次第です。
「総合的な満足」を数値化することで社内の活動目標にもなりますし、大手企業では業界内で顧客満足度bPになることが大きな宣伝になることも確かです。しかし、最も現実的で突きつけられる顧客満足度は「客数、売上、リピート購入・返り注文数」で表されます。理屈としては顧客満足度の増減がやがて売上の増減につながるというものですが、これも判断が難しいです。なぜなら対象者全員に聞くのではなく、対象者の中から一部を取り出して調査をする場合(専門用語としては「標本調査」)、調査結果には若干の誤差を含んでいるということです。統計的な説明は割愛しますが、新聞やテレビで各社内閣支持率を調査しても全く同じ支持率にならないことでご理解いただけると思います。総合満足度という概念は捨てて、個々の商材・サービスについての満足/不満を把握することに注力してください。

 

先のやり取りを通じて、私はスーパーマーケットに対して以下のように提案しました。
・店内調査を中止して、各店舗の商圏内居住者を対象に調査を実施すること。
・商圏が重なる競合店と自店を同列に並べて、個々の満足度合いを評価してもらうこと。
 これで非購入者からの評価を知ることができ、自社の強みと弱みを把握することができます。スーパーマーケットのように日常的に利用し、1社独占ではなく常に他店と比較される事業では競合との相対のなかで調査をすることで、お客様の目線で自社の状況を知ることができます。

 

「誰に聴くか」は、他の会社や部門が実施した市場調査結果を利用する場合でも同様です。特に、昨今主流となりつつあるインターネット調査については、誰に聞いたものか確かめてから見ないと、偏った調査結果を参考にしてしまう恐れがあるのでご注意ください。ポイントは「クローズド調査かオープン調査か」です。前者はインターネット調査会社があらかじめストックしている何十万人のモニターの中から調査目的に合う対象者のみに調査を実施したもので、おおむね信頼できます。後者はアンケート回答のサイトに入ることができれば誰でも回答できるもので、回答者の属性が偏っていたり、恣意的な動きに影響されています。

 

 

B目的ある調査項目を考える

 

せっかく市場調査をするなら、ついでにあれも聞きたい、これも聞きたいとなる気持ちはわからないではありません。しかし、結果的に10ページを超えるような調査票になったらどうでしょうか。自分が回答する立場になってみると、見ただけで答える気が失せてくるでしょう。私でしたら、「まだあるの〜」「面倒くさいなあ」という気になって、後半の質問に対して適当な答え方になります。
また、アンケート調査の大半が質問構成として最後に「他に何かお気づきの点がありましたら何なりとご記入ください」といった自由記入欄を設けています。我々が想定していない課題やアイデアをいただけることも少なくなく重視していますが、長々と質問にマル印をつけたり数字を記入した後で文章を書いてくださいと言われても、書く気は失せます。経験上、調査ボリュームと自由回答への記入率は反比例の関係にあります。

 

余程高い謝礼でもいただければ話は変わりますが、大部分の個人向けアンケートの謝礼はたかがしれています。大企業が実施するアンケート調査で500円相当の商品券をいただける場面もありますが、予算が潤沢な大企業に限られ、中小企業で同じことをするのは厳しいでしょう。それよりも短時間で終了できるだけの調査項目の絞り込みをおすすめします。店頭や街頭で個人を相手に聞き取る場合なら、時間は5分程度、アンケート用紙は読みやすい行間の1ページを想定してください。

 

調査項目を絞るといっても、単純に質問の数を減らすのではありません。何を明らかにすれば
“儲けにつながるデータを得られるのか”徹底的に検討した上で、“本当に聴きたいこと”に集中してください。つまり、調査を実施する前の準備段階に多くの時間をかけてください。準備とは「調査仮説」を明らかにすることで、本書の主題である「自社の売りの3側面」をベースに、「顧客は誰か」「顧客は何を求めているか」「自社の強みで顧客の要望に応えられるか」を徹底的に固めることで、それを市場調査でどのように検証していくかを考えるプロセスです。これは現状の事業を評価することが目的でも、新たな事業アイデアを検証する場合でも同じです。実際にとりあえず調査すれば何かわかるから、というスタンスで、「濱本さん、とりあえず調査票のたたき台を作ってよ。そうでないとイメージできないよ。」と要求される場面が何度かありました。結果は一貫性もなく表面的な調査になってしまったり、やはり仮説づくりが必要だと気づいたとしても、一度作った調査項目にとらわれて、行ったり来たりで無駄に時間がかかってしまいます。

 

 また、仮説づくりを検討するために「プレ調査」として、仮説検討を補助する情報を収集することも有効です。使用される情報源は次の3点が挙げられます。
@)顧客を含む関係者へのヒアリング
A)現地・現場の観察
B)既存の社内情報、外部の既存調査・統計データの活用

 

 

C自社・自分で調べる

 

大企業が実施する市場調査では、企業担当者が調査の現場に加わることはまずありません。あったとしても管理監督の立場での参加です。中小企業が市場調査を実施する場合は、必ず自ら実施してください。外部に丸投げでは調査員人件費がかかってしまいます。私も調査会社で見積作成をしていましたが、調査員人件費などの「調査実費」で総費用が大きく変わります。自分達で調べる利点は、費用を最小限に抑えられることと、社内に調査ノウハウが残ることで、継続的に市場調査を実施できる体制が整います。やり方がわかれば社内でも実施可能であす。

 

しかし、最も重要な利点は、「顧客(個客)の要望&市場の変化」をダイレクトキャッチできることです。新商材開発のヒント、サービス体制の見直し、戦略・戦術の修正など、自分・自社だからこそ“早く、正しく、確実に”できます。
前述の卸売市場においても、地元住民に開放する「市場まつり」を復活し、来場者に対して自分たちで調査を実施しました。最初は不慣れな感じでとまどいもありましたが、普通にお願いすれば協力してもらえることがわかると、後は順調にアンケートを集めることが出来ました。また、単なるアンケート調査にとどまらず、直接地元住民と会話することで、生の反応や要望を聴くことができ、自分達がやろうとしていることへの自信を持ち、その後の事業開発に好影響をもたらしました。